ファッションブランドにデザイナーがいるように、自動車ブランドにもまた、そのブランドの表情を決める人物がいる。しかし、その関わり方や存在感は、ブランドによって大きく異なる。あるブランドではデザイナーが代わっても佇まいが変わらず、あるブランドではデザイナー一人の交代でまったく違う顔になる。
果たして、この違いはどこから生まれるのだろうか? モータージャーナリストの大谷達也さんに訊いた。
デザイナーが変われば、自動車ブランドは別物になるのか?
フォルクスワーゲン・グループ全体のデザインを統括する立場にあったワルター・デ・シルヴァは、かつて自分のiPhoneをかざしながらこう力説したことがある。
「これを見てください。何の変哲もないデザインのように見えて、実に美しく、個性的で、しかもクオリティ感が高い。シンプルな造形でこのようなことを表現できたのは、細部にまでこだわって丁寧にデザインしたからでしょう。素晴らしい工業デザインのお手本というべき作品です」
このとき彼が手にしていたiPhoneをデザインしたのが、当時アップルで最高デザイン責任者を務めていたジョニー・アイヴだ。そのアイヴが、10数年後にホンモノの自動車をデザインすることを、いったい誰に想像できただろうか。
アイヴ率いるクリエイティブ集団「LoveFrom」がデザインを手がけたのは、フェラーリ初のBEV(バッテリー式EV)であるルーチェ。そう、世間を大いに賑わせているあの作品はアイヴと、彼のパートナーであるマーク・ニューソンが描き出したものだった。
ルーチェのデザインに対する「フェラーリらしくない」という指摘もわからなくはないが、一見したところ平凡そうに見えるルーチェが、かつてのiPhoneと同じように恐ろしくていねいに作り込まれているとともに、自動車業界の常識を覆す実験的な試みが盛り込まれていることはあまり知られていない。
これについて説明し始めると本論からどんどん話が逸れていくので割愛するが、同じブランドの製品がデザインを指揮する人物によってここまで大きく変わることは、自動車業界では稀である。
これはチーフデザイナーの交代によってデザインの方向性が一変することも少なくないファション界とは好対照をなす傾向といえる。その理由はどこにあるのだろうか。
ファッションと違って自動車が耐久消費財であることは、そのデザインに決定的な影響を与えているはず。例えば、���ァッションであれば短い期間での買い換えもできるが、一度購入した自動車を頻繁に買い換えられるユーザーは決して多くない。その意味でいえば、あまり奇抜すぎることなく、そしてコロコロとデザインが変わることのないブランドのほうが、多くのユーザーにとっては安心感が強いことだろう。
ミティア・ボルケルト(ランボルギーニ)── 伝統を守りながら個性をひとさじ
チーフデザイナー自身が抱くブランドへのリスペクトが、デザインの継続性につながるケースもある。例えばランボルギーニでチーフデザイナーを務めるミティア・ボルケルトだ。長年ポルシェのデザイン部門で活躍した後、同じフォルクスワーゲン・グループのランボルギーニに移籍した彼は、現職に就任した直後、「幼い頃からランボルギーニに恋焦がれていた」と私に打ち明けてくれた。
現行モデルのレヴエルト、テメラリオ、ウルスSEはいずれも彼の作品だ。空気を切り裂くようなウェッジシェイプ(横から見たときに前方が低く、後方に向かってせり上がっていく「くさび形」のデザイン)、ボンネットとフロントウィンドウが一直線に連なっているように見えるモノフォルム、多角形やY字形を多用したディテール。こうしたランボルギーニ伝統のモチーフは、形を変えることなくそのまま受け継がれている。前述3モデルが、ひと目見ただけでランボルギーニとわかる理由は、そうした伝統の継承にあるといって間違いない。
その一方で、よくよく見るとボルケルト自身の個性が微妙に反映されているところも自動車デザインの面白さであろう。
もともとボルケルトは、複数ある自動車の機能やデザイン要素を統合してひとつの形状にまとめることを得意とするデザイナーで、結果として全体がスッキリと見える効果を生み出している。
ポルシェ時代に手がけたミッションeや917コンセプトなどのコンセプトカーには、とりわけボルケルトの思想が明確に反映されている。ランボルギーニに移籍する直前に手がけた2016年デビューのマイナーチェンジ版マカンでは、フロントグリルを全幅いっぱいまで拡大するとともに灯火類やサイドのエアインテークなどをそこに取り込み、まとまりのいいデザインに仕上げていた。
こうした傾向は現職に就いてからも変わることがない。複雑なデザイン要素が絡み合って煩雑に見えてもおかしくないランボルギーニのスタイリングを、スッキリとして現代的なフォルムに生まれ変えさせたように思う。つまり、ボルケルトはランボルギーニというブランドのヘリテージを継承しながら、自らの個性をそのディテールに反映させたのである。自動車メーカーにおけるチーフデザイナーの役割としては、これが一般的な傾向であると私は捉えている。
ドマゴイ・デュケク(当時BMW)── 巨大グリルの生みの親
チーフデザイナーが皆ボルケルトのようなタイプとは限らない。彼のケースとは対照的に、経営陣の意向を受けてデザインを大きく変革してきたデザイナーもいる。
最近の例でいえば、2019年から2024年までBMWのチーフデザイナーを務めたドマゴイ・デュケク(現��はロールス・ロイスのデザインディレクターを務めている)が挙げられる。彼は巨大なキドニーグリルなどの大胆なデザイン・モチーフを考案し、それまでのやや保守的だったBMWデザインを一新させた張本人だ。
もっとも、BMWにはデザインの方向性を定期的に変えようとする意図があるらしい。デュケクのあとを継ぐ形でBMWのミッドサイズ&ラグジュアリーカーなどを担当することになったマキシミリアン・ミッソーニはデュケクの対極に位置するデザイナーと言える。
トーマス・インゲンラート(当時ボルボ)── プレミアムブランドへの道筋
ミッソーニの好みは、2012年から2021年まで在籍したボルボでの作風に見て取れる。当時の上司だったトーマス・インゲンラートとともに作り上げた作品群だ。それらはシンプルかつ洗練されていて、時代の変化に左右されない美しさを備えている。
いや、ボルボのデザインを刷新して販売増に結びつけた功労者は、インゲンラートというべきかもしれない。2012年から2017年までボルボのチーフデザイナーを務めた彼は、現在も同社の主力機種として好評を博しているXC40、XC60、XC90などをデザイン。ボルボというブランドが生まれ変わったことを世に知らしめ、プレミアムカーブランドとしての地位を確立させる役割を果たした。
その手腕が高く評価されたインゲンラートは2017年に関連会社であるポールスター社のCEOに就任。2024年には同職を離れたが、先ごろ再びボルボのチーフデザイナーに就任することが発表されて話題を呼んだ。
高まるチーフデザイナーの重要性。果たして日本は?
インゲンラートの例を見るまでもなく、現代の自動車メーカーにおいてチーフデザイナーは経営状態を左右しかねないくらい重要な存在であり、このため彼らにはバイスプレジデントもしくはシニアバイスプレジデントといった役職が与えられるケースが増えている。
先に述べたインゲンラートはまさにボルボのシニアバイスプレジデントだったし、ミッソーニもBMWのバイスプレジデントを務めている。2008年にメルセデスベンツのチーフデザイナーに就任し、同ブランドの若返りに貢献したゴードン・ワグナーもいる���彼はその功績を評価され2016年にはエグゼクティブ・バイスプレジデントにまで上り詰めた(その後、2026年1月にメルセデスベンツを退職)。
一方、日本の自動車メーカーで役員級の待遇を受けているチーフデザイナーといえば、トヨタのサイモン・ハンフリーズと日産のアルフォンソ・アルバイサが思い起こされる程度。デザインによってブランド性が確立されることが少なくないヨーロッパの自動車メーカーに比べると、日本ではチーフデザイナーの貢献度が十分に評価されていないような気がしなくもない。
もともとはチーフデザイナーの個性についてもう少し詳しく解説するつもりだったが、紙幅が尽きたので、こちらは後編で紹介させていただくことにしたい。






























