戦争、エネルギー問題──世界のフェーズが変わった
──4月はアースマンスでしたが、例年とは異なる空気がありました。イランへの米国・イスラエルによる攻撃、ホルムズ海峡の封鎖など、戦争とエネルギー危機が急激に生活に接近している感覚があります。江守さんはいまの状況をどう見ていますか。
ひとつには、世界のフェーズが変わったということなのかなと思っています。冷戦が終わった1990年前後から最近までの約30年というのは、世界の歴史のなかで特に平和な時代だったんじゃないでしょうか。特別に国際協調がうまくいっていた時期でもあって、その間にSDGsもできたし、パリ協定もできた。それはすごくよかったんだけれども、もしかしたら奇跡的なことだったのかもしれません。
例えばアメリカでは、少なくとも過半数の人々はトランプ政権を支持していないのに、選挙によって選ばれた非常にエゴイスティックな政治家が暴走していて、民主主義がそれをうまくコントロールできていないようにみえる。ちょうど先日ハンガリーで政権交代が起きましたが、それはある種似た状況のなかで、民主主義がようやく主導権を取り戻すこと��成功した例なのかもしれません。
今後の行く先を考えたときに、理想主義的なことをみんなで協力して考えられていた時代から、ナショナリズムとポピュリズムが台頭する時代に入っていくんじゃないかと言う人たちがいます。それがこの先30年続くのかどうかはわからないけれど、少なくともこれまでの30年とは違う空気が漂い始めているように感じます。
私たちの電気は、どこから来るのか
──ホルムズ海峡が封鎖されたというニュースを聞いても、正直ピンとこない人が多いと思います。私たちの暮らしへの影響を、日本のエネルギー事情と重ねて教えていただけますか。
日本は今、8割以上のエネルギーを輸入した化石燃料(石炭・石油・天然ガスなど、大昔の生物が地中に堆積してできた燃料の総称。燃やすと電気や熱を生み出せるが、同時にCO2が排出される)で賄っています。自給率はわずか16%ほどで、G7のなかでは最低水準です(資源エネルギー庁、2024年度)。発電には天然ガスと石炭を、ガソリンや化学品の原料には石油を使っていて、これを安定的に海外から調達しなければなりません。石油の中東への依存度は約95%と非常に高くもあります。
歴史的には、1970年代のオイルショック(中東の産油国が石油の輸出を制限し、日本でも物価が急騰した)を機に発電における石油依存を減らし、原子力の活用やエネルギーの多角化・備蓄を進めてきました。ところが、2011年の東日本大震災と福島第一原発事故で原子力が一旦すべて止まり、火力発電が増えた。それ以降いくつかの原発は再稼働していますが、震災前と比べてエネルギー自給率は下がっています。
今回のホルムズ海峡封鎖による影響ですが、石油はかなりの割合がそこを経由しているものの、国家備蓄があるのでそれを放出しつつ当面はなんとかなる。天然ガスはホルムズ海峡経由の割合が比較的少ない(日本の輸入液化天然ガスの約9%)。ただ、プラスチックや化学繊維などの原料であるナフサが心配で、足りない分をほかの国から調達しようとしている状況です。
また、天然ガスは日本が直接調達できたとしても、アジア各国が一斉にガス不足になって取り合いになる。その結果、国際価格が上がり、日本が買う価格も上がる可能性があります。実際、2022年のロシアによるウクライナ侵攻後、欧州では天然ガス価格がピーク時に平時の10倍超まで急騰しました。
──生活者としての実感では電気代が上がり続けています。この理由も、この構造と関係していますか。
2016年の電力自由化以降、電力は市場で取引されるようになりました。電気は発電コストの低い電源から優先的に使われますが、需要が多いときほど高い電源も使用することになります。そして市場価格は、その時点の需給のなかで最後に必要となる電源のコスト、いわゆる「限界コスト」によって決まります。再エネは一度設置すれば20〜30年間、追加の燃料費なしで発電できるため、ランニングコストはほぼゼロに近い。一方で、天然ガス火力は燃料費がランニングコストの大きな部分を占めます。天然ガスが高くなると、それが市場価格に大きく影響するので、いかに再エネが安くなっても電気代は高くなってしまう。日本の電気代は2024年平均で、2012年比の約1.3倍になっています。
加えて、再エネ促進のために政府が導入した「再エネ賦課金(再生可能エネルギー発電促進賦課金)」の問題もあります。再エネ発電事業者の安定した収入を確保できるよう、再エネで発電した電力を一定の期間、固定価格で買い取る「FIT制度(固定価格買い取り制度)」が2012年に導入されました。買い取りコストの一部を電気利用者全体で少しずつ負担するため、これが今も電気代に上乗せされています。
つまり、電気代が上がっているのは「再エネが高いから」ではなく、化石燃料に依存した構造、そして制度設計上の問題なんです。自給率が低いと、今回のホルムズ海峡封鎖のようなことが起きたときに、エネルギーが足りなくなったり価格が急騰したりと、私たちの生活費に直接的な影響があります。日本も今のところは平静を保っていますが、ホルムズ海峡の状況が長期化したらどうなるかはわかりません。ほかの多くの国はこれに気づいて、自給率を上げるために再生可能エネルギーの導入を加速しているところです。日本はその動きが少し遅いように感じています。
「再エネに変えよう」の現実を詳しく知ってみる
──エネルギー自給率を上げること、気候変動対策、そしてコストの面でも、再生可能エネルギーへの転換が有効そうです。日本では現実的にどこまで進んでいますか。
まず一般論として、化石燃料による発電を減らし、国内でCO2を出さずに大規模に発電できる主な選択肢は原子力と再エネになるわけです。どちらがいいかという議論は常にあります。
一部の人が原子力を増やすべきだと主張する根本にある理由は、日本は政治的な事情から原子力をやめることができないからだろう、というのが私の理解です。新しい原子炉が作られないと数十年後に動いている原子炉がなくなってしまう。そうなると、日本が保有するプルトニウムを平和利用に限るとしてきた説明が成り立たなくなる。なので政治的に原子力はやめられないし、新しい原発を立てないと技術継承もできなくなるという理由で「とにかく早く立てなければ」という人たちがいます。ただ、そういう理由が公に説明されることはほとんどなく、「再エネだけでは不安定だからベースロード電源として原子力が必要だ」「データセンターの電力需要を賄うには安定した供給が必要だ」という説明ばかりが聞こえてきます。
一方で、再エネに関して見ていくと、まず太陽光発電は急激に増えましたが、いわゆる「メガソーラー」など乱開発の問題が起きてしまいました。そこには構造的な問題があって、地方の未使用地にブローカーが接触して発電で儲かりますよと勧誘する。土地のオーナーにはメリットがあっても、周辺住民にとっては景観の悪化、自然破壊、土砂崩れへの懸念が生まれ、さらに「中国のパネルじゃないか」「再エネは不安定だ」という不信感や不安も重なります。エネルギーに関してあまり知識のない人が聞いたら、どちらが正しいかわかりにくい状況になっていると思います。「やっぱり再エネは自然破壊につながるし、不安定だし、日本の国土は狭いから、もうあんまり増やせないのかな」と思い込まされてしまう。ただ、再エネを大規模な合意形成のもとで進めることは可能だと私は考えています。
──「日本は再エネに向いていない」という声もありますが、実際のところはどうですか。転換を阻む壁についても教えてください。
多くの人が気にしている供給の不安定さについては、蓄電池の低コスト化が進んでおり、デマンドレスポンス(ある特定の日だけ大きな工場を止めるなど、需要側をコントロールする仕組み)の余地もまだ大きいです。さらに、送電網の整備や需給運用の高度化を組み合わせれば、変動する再エネを受け入れる力はもっと高められるはずです。洋上風力は、2025年に発表された三菱商事の事業撤退によるインパクトとインフレで足踏みしていますが、10〜20年かけて日本の産業として育てていく方針は政府にもあります。
個人的に気になっているのは営農型太陽光(ソーラーシェアリング)です。農地の上に間隔を空けてパネルを設置し、その下で農業をしながら発電もする仕組みです。農地の一部に展開するだけで相当量の発電ができる可能性があります。パネルが屋根代わりとなり猛暑でも農作業がしやすくなり、農作物の温度上昇が抑えられ、水分蒸発も抑えられるというメリットも。
ところが、初期の事例で農業をせずに発電だけで儲けていたケースが目立ち評判が悪くなってしまいました。また、農林水産省や自民党の一部には「農地は食料安全保障のために農業に使うものだ」という強い優先意識があって、なかなか推進できていません(2023年度末で認定件数は約6,100件、農林水産省、2025年)。営農型太陽光の導入は徐々には進んでいますが、もっと加速してもいいのではと思いながら見ています。エネルギー安全保障のためにも再エネを増やすべきだという理由が、日本の政策において本当に優先されているのか、そこには疑問を感じることがあります。
また、再エネへの転換を阻んでいる要素のひとつとして、再エネのトレンドを強力に牽引しているのが中国だということがあると思います。中国が太陽光パネル、蓄電池、電気自動車を安く大量生産して、国内でも急速に普及させながら安価で輸出している。設備の中国依存を指摘する声、中国の支配力が高まることへの経済安全保障上の懸念もあります。ただ、その懸念は理解できますが、燃料の輸入依存とは性質が違います。もし中国が「(太陽光パネルを)これ以上売らない」と言っても、すでに設置したパネルは発電し続けられる。国内でリサイクルすれば資源として再利用もできる。また、太陽光発電のコストに占めるパネル代の割合は2〜3割程度で、残りは日本の事業者による設置・メンテナンスのコストです。燃料を輸入し続けなければ動かせない火力発電との大きな違いです。
現在の興味深い流れとして、トランプ大統領がどれだけ妨害しても、アメリカ国内でさえ経済合理性の観点から再エネと蓄電池は増え続けているという事実があります。もちろんバイデン政権時代のIRA(インフレ抑制法で、約3690億ドルの気候・エネルギー投資を含む。トランプ政権はその一部を縮小・停止中)が完全に適用されていた場合と比べると相当減速しているのは確かですが、それでも増え続けている。そして世界的には電気自動車(EV)も勢いを持って伸びています。再エネ、蓄電池、EVがもう十分安くなって、建設期間が火力や原子力に比べて短く、市場で経済的に選ばれる電源になっているということです。日本のような国内で化石燃料が取れない国にとって、再生可能エネルギーというのは非常に貴重なエネルギー自給の手段です。それが増えるということは、エネルギー安全保障そして気候変動対策の観点からも非常に希望が持てる傾向です。
気候変動とエネルギー、そして生活は地続きである
──気候変動はエネルギー需要にも直接影響を与えています。夏の猛暑と電力問題についてはどう見ていますか。
2025年の夏はあれだけ暑くても節電要請はどこからも出ませんでした。晴れた暑い日の昼間に太陽光発電が一番発電してくれているんです。むしろ余ってしまうくらいに。気候変動によって増加するエネルギー需要を、再エネが補ってくれているという効果が出始めていると言えます。
また、台風や洪水などの災害で停電が起きたときに、ローカルに再エネと蓄電池を持っていれば、その分だけはエネルギーが使えます。レジリエンス──災害への対応力という意味でも、分散型の再エネは非常に大きな意味を持ちます。気候変動対策として再エネを増やすことと、エネルギー安全保障として再エネを増やすことは、実は同じ方向を向いているんですね。
ふたつの未来のシナリオ──私たちはどちらを選べるのか
──エネルギー、そして気候変動の未来に対して、江守さんが考える楽観的・悲観的なシナリオをそれぞれ教えてください。
「ペトロ・ステート」と「エレクトロ・ステート」の覇権争い、という言い方をする人がいます。ペトロ・ステートは石油の国で、アメリカ・ロシア・中東など。エレクトロ・ステートは電化・再エネで社会を回す国で、今は中国がそのリーダーということになります。
楽観的なシナリオは、中国依存のリスクをヘッジするために他国でのサプライチェーンもちゃんと育てながら、エレクトロ・ステートが勝っていくということです。太陽光、風力、蓄電池、EV、ヒートポンプなどの技術がさらに加速して世界中に広がり、石油を使った方が儲かるはずの国でも経済的な合理性からエレクトロ側が選ばれていくのが、最高に楽観的なシナリオになります。
悲観的なシナリオは、再エネやEVがどんどん普及しても、化石燃料で儲けてきた権力を持つ国々の抵抗が続いて、世界で化石燃料の利用がそれなりに続くというものです。それで温暖化が進み、さまざまな悪影響が出たときに、それでも世界の人びとが「止めなければならない」と思うことができれば、比較的楽観的な方向に分岐します。しかし「もう諦めて、温暖化していく世界のなかで自分の国が生き残ることに専念しよう」という国が大国を含めて増えてくると、残りの国が協力して温暖化を止めることができなくなる。そして壮絶なサバイバルゲームが始まる──それが最も悲観的なシナリオだと思っています。どちらのシナリオに向かうかは、私たちの選択と、それが積み重なって生まれる政治・制度の変化にかかっている部分が大きいと思います。
大きな課題に対し、一市民としてできることとは
──この状況で、私たちは市民・消費者・有権者として、何ができるでしょうか。
再生可能エネルギーを増やす政策を「支持する気持ちになること」だと思います。次の車を買うなら、電気自動車の方が自分にとっても賢い選択かもしれないと考えてみる。電力会社を再エネ中心のものに変えてみる。そういった個人の行動ももちろん大事ですが、まずはそういう方向に社会を動かそうとしている人や政策を、応援する気持ちになってみてください。
そして、「自分はちゃんとできていないから声を上げる資格がない」と思わないでほしい。昨日電気をつけっぱなしで寝てしまったとしても、それを堂々と棚に上げて、気候変動対策やエネルギー政策を「応援します」と言ってくれさえすれば、あとは熱心な人が制度を作ります。そのぐらいの感覚でいいんじゃないでしょうか。
──最後に、この記事を読んだ人に「これだけは覚えておいてほしい」ということをひとつ教えてください。
社会は変わらなければならないのですが、それを必ずしもネガティブなことだと思わないでほしいです。気候変動対策やエネルギーの転換は「我慢」だと思っている人がまだ多い。コストがかかる、快適な生活を諦めなければならない、節電のために暗い部屋で過ごさなければならない──そういうイメージがつきまとっています。でも、この分野の専門家が議論していることはまったく違います。社会のシステムが変わったら、今までと同じように便利で快適に生活しながら、CO2は出なくなるし、エネルギー自給率も上がる。それが再エネ・蓄電池・電気自動車が実現する未来だということ。そんなおいしい話があるのかと思うかもしれないけれど、技術的にはもうそこまで来ています。
エネルギーのことも気候変動のことも、なかなかすべての人が頻繁に考えられるような問題ではないと思います。問題が大きすぎて、自分が何かしても変わる気がしない。だから、危機や猛暑のときには思い出すけれど、ついつい関心を失ってしまう人が多いんでしょう。そんななかで、強い関心を持ち続けられる人が声を上げて制度を変えていくことで、普段考えていない人も気づいたら再エネの電気を使っていた、車を買いに行ったら電気自動車しかなかった、家を建てたら太陽光パネルが当たり前だった、という方向に社会がなっていければいいと思っています。そのために、毎日エネルギーのことを一生懸命考えていなくても、取り組んでいる人を「応援したい」という気持ちになってもらうことが、実は必要なんです。
江守正多(Seita Emori)
1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。同研究所 気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域 副領域長等を経て、2022年より現職。東京大学大学院 総合文化研究科で学生指導も行う。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」、監修に「最近、地球が暑くてクマってます。」など。
Interview & Text: Nanami Kobayashi Edit: Hanae Iwasaki
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